【第二十二回】人生には3つの坂があります
5日目 保土ヶ谷~戸塚 ②
寄り道と文章担当の妻【こしあん】と、下調べと写真担当の夫【つぶあん】。
「あんこは、こしあんかつぶあんか」のような、ある意味どうでもいいけれど永遠のテーマを時おり議論しながら、東海道五十三次を“コマ切れ”で歩きます。お供は磐田市イメージキャラクター「しっぺい」です。
日頃まったく運動せず、極度の面倒くさがりである二人が、どこまで頑張れるか、どうぞ笑いながら見守ってください。(筆者:つぶとこし)
第二十二回 人生には3つの坂があります
さあ、いよいよ、日本橋から出発して最初の難所といわれる「権太坂(ごんたざか)」を上ります。
1月ながらもけっこう暖かい日だったので、ゼェーゼェーしながら5分ほど上り坂を歩いていると、陸橋にさしかかりました。振り返ると、なかなか急な坂を上ってきたことがわかります。
眺めもいいですね。遠くに横浜ランドマークタワーが見えます。
しばらく歩くと光陵高校と権太坂小学校があり、権太坂の石柱と案内板が見えます。
この案内板によると、権太坂の名前の由来は、かつて旅人がこの坂の名前を道端にいた老人に聞いたところ、耳が遠かったこの老人は自分の名前を聞かれたと思い、「へい、権太でやんす」的な感じで答えたから、とのこと。この老人が「新之助」だったら「新之助坂」になったんでしょうね。もし、おばあさんだったら、「とめ子坂」とかになってたかもしれません。
この名前の由来については、実はもう一説あるそうです。足場の悪かったこの坂を改修した藤田権左衛門という人物の名前にちなみ、「権左坂」と呼ばれていたものが、言いにくかったのか、いつのまにか「権太坂」に変わったのではないかという説です。
私としては、老人の名前説のほうがお茶目で好きですけど。
そういえば、前回も書きましたが、権太坂を歩いている途中、バイクに乗ったおじさんにいきなり声をかけられました。「ここらへんは…松並木がね…△#%&…昔はね…(ゴニョゴニョ…)」みたいなことを教えてくれていたようですが、唐突すぎてびっくりしてしまいあまり聞き取れず、たいしたリアクションもできず……。今思うと、あのおじさんは、現代によみがえった権太じいさんだったのかもしれません……。
そんな話は置いといて、どうやらこの辺りが坂のピークのようです。かれこれ15分くらい上り続けています。
ゆるやかに下ってくると大きめの道路にぶつかります。右手にはバス停があり、こんな絵も描かれていました。ひたすら歩いている時の、こういうちょっとした「東海道感」がうれしいんですよ~本当に。
かつてこのあたりで亡くなった人や動物の投げ込み塚が発見され、地図によると慰霊碑があるはずなのですが……けっこうウロウロしたのに見つからず……だいぶ時間も体力もけずられたので、泣く泣く諦めました。あぁ、また余計な動きをしてしまった……(涙)
元の道に戻って進むと、「境木立場跡(さかいぎたてばあと)」というのが見えてきました。ベンチがあったので、すかさず休憩。宿場と宿場の間の休息のために設けられたのが「立場」だそうです。なかでもここは難所が続くなか、見晴らしの良い高台にあり景観が素晴らしく、茶屋で出されていた牡丹餅も人気で、とても賑わっていた場所とのこと。
とくに若林家の茶屋は参勤交代の大名までもが利用したといわれ、このとてつもなく立派な門構えのお家がどうやらその若林家のようです。
すぐ近くには「境木地蔵尊」があります。
手水舎にいるお地蔵さんが何ともいえないかわいらしさを放っています。「イエーーイ」ってやってる指先から水が出ていますね。お風呂につかってるようにも見えるし。つっこみどころいっぱいで面白いです。ニヤニヤしながら、手を洗います。
まさに今の私たちにぴったりの、こんなありがたき御言葉も書かれていたりして、ほっこりポイント満載です。
そしてここは、かつての武蔵国と相模国の国境とのことで、モニュメントが立てられています。
写真の奥にちょっと見えるかと思いますが、「境木地蔵 ご利益まんじゅう」という黄色いのぼりと、「菓匠 栗山」という赤いのぼりが何本もはためいていたんですが、お店がどこにあるのかわからず……。
これは、アレですよ、かっこよくビジネス用語でいうところの「機会損失」ってやつですよっ! お店の場所がわかるように書いてあれば、絶対、行きましたよ。のぼりであんなに主張されても、肝心のお店の場所がわからなかったら意味ないですよ、もったいないですね~。
そんな感じで、ご利益まんじゅうのご利益を得られず、モヤモヤしたまま先に進みます。道を渡るとまたもや坂が! 次に待ち受けるは「焼餅坂(やきもちざか)」。
なんてこった……。
「権太坂、思ったよりチョロかったな!」などと余裕ぶっこいていた10分前の自分を呪いたい。
どうやらここからは下り坂のようです。そして案内板によると、この先にさらにもう一つ「品濃坂」という坂がある模様。
「上り坂、下り坂、まさか……」
つづく
【つぶとこしがこれまで歩いたルート】
連載履歴
つぶとこしの『コマ切れ東海道あるき旅』 文章担当の妻【こしあん】と写真担当の夫【つぶあん】。日頃まったく運動せず、極度の面倒くさがりである二人が、東海道五十三次を“コマ切れ”でゆるゆると歩きます。