【第35回】スリー・ビルボード(2018年)
黒から白へ、行ったり来たりのグラデーション
筆者:こしあん
映画・海外ドラマ、読書、お笑い、カメが大好き。特技はイントロクイズ(80年・90年代ソング限定)。
怖がりのくせにホラーとミステリーが大好きで、生まれ変わったらFBI捜査官になりたい。
休日にどれだけ家にこもっていてもまったく苦にならない超インドア派。
ゆるい解説と小学校から上達していないイラスト(ときどき)で、好きな映画を紹介していきます。
スリー・ビルボード(2018年)
2018年ゴールデン・グローブ賞に6部門ノミネート、作品賞(ドラマ部門)・主演女優賞(ドラマ部門)・助演男優賞・脚本賞の4部門を受賞し、3月に発表されるアカデミー賞にも7部門ノミネート、作品賞の最有力候補といわれている『スリー・ビルボード』。
待ちに待った先週末、さっそく観にいってきました!
▼まずはコチラの予告編をどうぞ
好きな映画の条件すべて満たされました
【こしあんが好きな映画の定義 5か条】
●役者さんの演技が素晴らしい
●最後まで予測不可能な展開
●笑いと感動が入り乱れる
●緩急のつけ方が秀逸
●思いがけない感情が生まれる
これらすべてを満たしてくれた『スリー・ビルボード』。
小さな田舎町に立てられた3枚の看板と、それをきっかけに予想もしない道へと外れていく3人の登場人物。
看板にメッセージを出したのは、7か月前に何者かに娘を殺された母親・ミルドレッド。
一向に進展しない捜査に腹を立て、地元で尊敬されている警察署長のウィロビーにケンカを売り、それを見つけた部下の警察官・ディクソンを中心に対立が深まっていく。
ディクソンをはじめ、町の人々や息子からも反発を受け、孤立無援状態のミルドレッド。それでも一歩も引かずに突き進むが、ある衝撃的な出来事をきっかけに、この広告騒ぎに関わった人々の人生が大きく変わっていく……。
看板は裏から見ても何が書かれているかはわからない。人間も同じように、表面に出てくる言動の裏に何があるのかは見えないんですよね。
ミルドレッドの家から看板を映すシーンがあるのですが、そこからは看板の裏しか見えないんです。あのシーンには、そういう意味も込められているのかなと思いました。
人間の心は白と黒がハッキリしているのではなく、善と悪がオセロのようにクルクルと変わり、その白と黒のあいだにグレーのグラデーションがあるんですよね。
サム・ロックウェル最高です!
ミルドレッド役のフランシス・マクドーマンドも、警察署長役のウディ・ハレルソンももちろん素晴らしかったけれど、一番グッときたのは、ディクソン役のサム・ロックウェル。
この映画のキーパーソンであり、最も大きな振れ幅で動く人。それを見事に演じ切っていました。
人種差別が当たり前、ゆがみまくった正義感、警察官なのにクズすぎて、こんな奴いないだろうと笑えてくる。
みんなの前ではエラそうに虚勢を張っているのに、自分の母親にはめっぽう弱い。
そして後半、予想外の変化を見せます。
ネタバレになってしまうので、うまく伝えるのが難しいのですが、この映画の一番のポイントとなるであろう、とある出来事のシーン。
なぜこのタイミング……という嘆きと、どうなるのどうなるのというハラハラと、感動的なメッセージを受け取る重要で真面目なシーンなのに、どうしてか、笑いそうになるのだ!
「志村~、うしろ、うしろ!」ってなる。笑っちゃいけないのに、笑いそうになる。でもそれも監督の狙いなんでしょうね。すごいです。
笑いと嘆き、ゾクゾクするような期待感と感動が同時にやってくる。
映画史上に残る名シーンだと思います!!!
映画を見ているときは、「この俳優さん、昔よく見たけど誰だっけ……」と全然思い出せず、エンドロールで脳内シナプスがようやくつながりました。あの瞬間、気持ちよかった……笑
もう絶対に忘れないよ、サム・ロックウェル。あんた、最高だよ。
怒りは怒りしか生まない……わけでもない
フランシス・マクドーマンドが演じるミルドレッドは、いつもつなぎの服を着ていて、ひっつめ髪にバンダナ、後ろはジョリジョリの刈り上げ!
そして、常に「だから何?」って顔をしてるんです。
マンガのフキダシがずっと頭の上に出てるような。
誰に対しても戦闘モード。
でも、娘が亡くなる前の回想シーンでは髪の毛が長かったので(女性的な要素はこの頃からないけど)、これも彼女なりの決意なんでしょうね。
どんな娘なのか、なかなか出てこないなぁと思っていたら、この短い回想シーンだけで、娘と母親、別れた夫との関係など、見事に描かれていて、そこも素晴らしいと思いました。
このシーンから、ミルドレッドに対する感情もちょっと変わります。
怒りの裏に隠された悲しみや後悔の念が静かににじみ出ていました。
他者への怒りもあるけれど、一番大きいのは、娘を守れなかった自分自身への怒りなんだろうなぁと。
ミルドレッド、ウィロビー、ディクソン。この3人の個々のドラマも描きつつ、それぞれをつないで展開していく描き方が上手い。
思わせぶりな演出も多く、えっ? 何っ? あれかな、こうなるのかなって期待させながらその方向にはならず、逆に思いがけないところから急にすごい球が飛んできたりする。
爆発させた怒りの連鎖で、次々ととんでもないことが起きていくのだけれど、怒りという原動力があるからこそ、状況は進展し、何かを変えていくきっかけにもなる。
これは正しい、正しくない、と単純に割り切れるものではなく、どちらにも揺れ動くものであり、敵が味方になったり、味方が敵になったりもする。
「敵ばかりではない」という、とある人物のセリフが沁みます。
しかし、この出来事に巻き込まれた一番気の毒な人は、広告会社の青年・レッド。でも彼の行動が(おそらく彼自身も気づかずに)、希望のある未来をつないだのではないでしょうか。
登場人物たちは自分本位で相手を傷つけるような言葉をけっこうガンガン言うけど、そういう部分も含めてお互いを「個」として認め合っていて、時に協力し支え合って生きている。
そこらへんが素敵だなぁと感じました。
言動はゲスな部分も多いのに、映画全体としては美しい仕上がりになっているという不思議な感覚。
実に人間くさくて、酸いも甘いも噛み分けてきた大人の心に沁みる重厚な人間ドラマです。
この映画を、『デスノート』の死神リュークが見ていたら、「やっぱり人間って、面白っ!!」ってつぶやくと思う。
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■スリー・ビルボード(2018年)
出演:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル
監督・脚本:マーティン・マクドナー
WOMOシネマ伝道師こしあんの『ぐるぐるシネマ迷宮』 筆者だけの思い出調味料満載の懐かし作品から、あまり共感を得られないようなディープな作品まで、密かな魅力いっぱいのシネマ迷宮へようこそ。出口はたくさんあります。