~womo読者のみなさまへ~ イラストレーター米澤よう子さんからのコメント
14年間もの間womoの表紙のイラストを描いて下さった、イラストレーター米澤よう子さん。表紙制作にまつわる思い出もあわせて、womo読者のみなさまへコメントをいただきました。
~womo表紙14年分のあとがき~
みなさまのお手元へ、5月号は届きましたでしょうか?
14年間、156枚を表紙にできたのは、奇跡にも思えます。
ちょっとおおげさ?仕事なんだから滞りなくて当然では?と思いますよね?
私も当初はそう信じていました。
ところがです!回を重ねれば、原因不明、摩訶不思議のアクシデントが潜んでいることもあるんです。
その最たるが「MAC故障事件」。今から10年ほど前のパリ暮らしの頃、画面が急に真っ暗、操作不能になったのです。検査のために業者へ預け、いつも目の前にあったMACの痕跡……ポカンと空いた机の空白を見つめました。
まだ見えないこの先の事を考えると、私の顔は真っ青になり、表紙の納品に黄信号が灯りました。womoのイラストは、ペンタブレットで描くデータ画で、そのままメール送信すれば完了の予定でした。
編集長と連絡をとり、もしもの場合に備えて手描きのイラストを国際郵便で送り、その号だけ「別バージョン」にする対応策もとりました。
結果は、全データ消失。その原因はつかめぬままでしたが、ハードディスクの交換でMACは復活、イラストはギリギリでメール送信できました。
その前に問題だったのは、私のメンタル面です。結果がわかるまで、生きた心地のしない数日を過ごし、明るい表情の女性を描くほどの心理的余裕は残されていませんでした。
また、MACにあった、数千にも及ぶ作品への未練がありました。
そんななか、MAC修理のムッシューの、私への一言が救いになったのです。
「運が悪かったんだよ」
これで、重かった気持ちが軽くなりました。
そう、これは誰のせいでもないー。故障原因を探る時間があったら、一枚でも多くイラストを描けばいい。
「データは取り戻すのではなく、これから作る!」と、立ち直り、womoの一枚が描けました。
ギリギリ納品はその時に限ったことではありません。歴代のwomo編集長のみなさまへ、スケジュールの調整をお願いしたことは数知れぬほどにありました。
機械的、事務的なやりとりだけでは、この仕事は続かなかったのです。
「今月の特集」から広げるイメージや、季節、あるいは読者さんの気持ちを表現するイメージ。さまざまな案が実現しましたが、一貫していたのは「前向き」であること。
誰もが気持ちの波はあるし、ヘコむことだってあるけれど、少しでも明るい方向へ導かれるような表紙を目指したい!と、関わる皆が同じ制作意識を持って臨み、走り続けました。
そしてプライベートの面でも救いがありました。
単身で海を越えても、不思議と不安にならなかったのは、私が「ヘルプ」を発すれば、みなさまが事情を察し、手をさしのべ、手を尽くしてくださったからだと思ってます。
毎月のコンタクトには、体は離れていても心の距離を縮め、安心感を覚えました。
東京へ戻っても、ひとりでする作業ですが、ひとりじゃない。編集長、編集部の方々。街で目にしてくださる方々がいる。クライアントさんや、携わる方々がいる。
私の仕事には100点満点もなければ、0点もありません。そういったあいまいさのなかで、関係者のみなさまとチームワークし、一点一点「積み重ね」てきました。
作品の良し悪しは測りしれないけれど、14年という年月には胸を張れます。
また、「継続は力なり」を実感させていただいた貴重なお仕事でもありました。
そんな私ですが、若いwomo読者さまに、エールを贈らせていただけるならばー
山あり谷ありのなかでも継続すれば、気がついた時には自分のパワーとなっているのを実感するはず。もう無理かも!と悲鳴を上げたい時もあるけれど、それも仕事、されど仕事なんですよね。スキルはどうあれ、それを繰り返すうちに、自ずと心がタフにもなっていきます。
私もみなさまも、誰ひとり例外なく、今この一瞬にも年をとっていきます。だから、キャリアを積み重ねる人生は悪くないですよ。
さて、「お話」も長くなってしまいました。
話していると、一週間はたってしまいそう!そんなわけで、この辺にします。
これからのwomoを引き続き楽しむとともに、どんなリニューアルか、みなさまと同じ気持ちでわくわくして待ちます。
最後にー
歴代の編集長に心からのお礼を申し上げます。
ラストランを共にしてくださった風間千裕さんには感謝の気持ちとともに、「同志」でいてくださったことに喜びでいっぱいです。
創刊から見守ってくださった、海野尚史さんに深く感謝します。
ここまで読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました。
イラスト「Café womo」を贈ります。
それでは、また会う日まで。
米澤よう子
2018年5月