【ニットー キッチン(Nitto Kitchen)】大工さんたちのまかない料理からスタート。地域に暮らす茶農家や職人との交流が楽しめるコミュニティーが2021/8/17(火)掛川にオープン
食生活のバランスが崩れがちな若い大工さんたちに栄養をしっかりとって地域のおいしいものを食べさせてあげたい。そんなやさしい思いから誕生した「ニットーキッチン(Nitto Kitchen)」。職人さんたちのまかないをつくるかたわら、一般客向けにホットサンドやお茶の試飲と販売などを行っている。運営を担当している・井野さんにお話をうかがった。
2021/8/17(火)OPEN! グルメ・掛川「ニットー キッチン(Nitto Kitchen)」
「ニットー キッチン(Nitto Kitchen)」は東海道五十三次の日坂宿にあるコミュニティースペース
東海道五十三次の宿場町「日坂(にっさか)宿」。今もなお2軒の旅籠が当時のままの姿で保存され、通りの民家にはかつての屋号が掲げられるなど、江戸時代当時の面影が残る風情ある街並みが残っている。
そんな日坂宿がある東海道の脇道を粟ヶ岳方面に入ると、製材業を営む「三浦製材所」や、大工の加藤工匠さんが率いる職人たちの作業場がある。そしてその作業場の空き地を利用してできたのが「ニットーキッチン(Nitto Kitchen)」だ。
コンセプトは「大人の秘密基地」。製材所や大工さんたちが集まって遊び心をもってつくる特別な場所だ。
「製材屋も大工も体力を使う仕事なのですが、忙しいとコンビニや菓子パンで食事を済ませているのを見て、はじめの頃は炊飯器やガスコンロを持ち込んでその場でまかないをつくっていたんです。10代、20代の若い職人もいるのでとにかく炊きたてのご飯と味噌汁、そしてたくさん野菜を取れるおかずという感じで、栄養のバランスも考えたりもしていました」。
お盆休みになって仕事が少し落ち着いたときに、厨房とダイニングテーブルがある場所をみんなでつくろうということになった。
作業場の敷地内に物置や雑草が生い茂ったスペースがあったので少し整備し、作業場にある木材や使わない丸太などを使って数日で現在の建物ができてしまったという。
現在では大工さんのまかないを提供しつつ仕事仲間や地域の人が集まれるスペースとして開放し、お店も少ないこの地域の交流拠点の一つになっている。行事やイベントも減りつつある中で、餅つき大会や子どもたちの学びの場となるフリースクールを開くことも。
営業日時は不定期だが、軽食メニューとして掛川の食材を使ったホットサンドを提供している。具材は農家さんから直接仕入れた旬の野菜や地元の製餡所のものを使うなど、なるべく地域のものを使って提供できるように心がけている。そして、なんと言っても驚きのラインアップはお茶。国内有数の茶産地である掛川らしく、お茶は、周辺の地域を含めて常時50種類以上ストックされている。
「はじめての方は自分の好みのお茶を選ぶのがむずかしいと思われるかもしれませんが、例えば緑茶、ほうじ茶、和紅茶など、何でも3種類くらいを飲み比べると、色、香り、そして味の違いもわかるし好みも見つかると思います。それぞれいつでも試飲してもらえるような形で用意しています」。
また、製材や大工の仕事に就きたい人も常時募集しており「木を触ってみたい!大工さんと話がしてみたい!」という場合は、事前に相談すれば一緒に食事をいただきながら、話をすることもできるそうだ。
「ニットーキッチン(Nitto Kitchen)」が面する道路を走っていくと、観光客も多く訪れる粟ケ岳へと行き着く。標高500mほどの程よい勾配をもつ粟ケ岳は登山や自転車のトレーニングには最適で、天気のいい週末には早朝からたくさんの人が頂上を目指すことも。日坂地区へは宿場町の雰囲気を楽しみながら訪れるとよさそうだ。
「ニットー キッチン(Nitto Kitchen)」の独特の外観に隠された秘密。天然乾燥させた材料の持つ魅力
この「ニットーキッチン(Nitto Kitchen)」の壁は製材したばかりの木材を組んだものでつくられている。これは大井川や天竜川流域の希少な木材で、コミュニティースペースとして開放しつつもこの空間で木材を天然乾燥させている状態。このまま半年から一年かけて乾燥させたあと、この木材はいずれ住宅や内装の一部へと生まれ変わるのだ。すでに最初に組まれていた木材は出荷され、現在は新しく製材した木を組み直したものになっている。
「日本国内の住宅に使われる木材は人工的に乾燥させたものが9割以上、時間も手間もかけて天然乾燥させているところは全国的になくなりつつあります。(※1)もちろん新しい技術は重要なのですが、天日と雨風にさらされて自然に乾燥させた方が本来持つ油分や粘りが残り、長持ちするし強度が維持できるんです。ヒノキなんかは丁寧に自然乾燥させて管理していれば伐採してから200年かけて更に3割も強度を増していく、というような研究結果も出ています」。
住宅は建ってしまうと見えないところにどんな素材を使っているかわかりづらいが、このように説明を聞きながら木に触れることでその良さを実感することができる。
「さらにここ数年はプレカットに使われていた輸入木材が手に入らなくなり、世界的に木材価格が高騰。ウッドショックの時代と言われています。意外かもしれませんが、掛川はもともと林業がとても活発な場所で、現在でも森林面積が市の総面積の40%以上を占めています。しかし地元の木をしっかり製材しているところはほとんど残っていません。地域の資源を活用していけば住宅も学校などの公共施設でもその良さを伝えていけるのですが、まずはここに来て本物の木の良さを体験してほしいと思っています」。
※1 人工乾燥の住宅用プレカット材は89年には全体の7%だったものが2016年には92%にまで急増、流通する天然乾燥材は数%のみ
実際に大工さんの作業場を見学させてもらった。この日は国産の樫(かし)の木を加工する作業をしており、このパーツはお茶の製造機械に必ず使われるものだという。もともと別の工場が加工していたが、廃業してしまい困った機械メーカーからの相談をうけ大工の加藤さんのもとで製作することに。
小さな部品だが、これがないとお茶が製品として仕上がらない。大事な部品が全国の茶工場へと届けられていく。製材や大工の仕事は体も使うし、刃物や大型機械も扱う危険の伴うハードな仕事だ。「ニットーキッチン(Nitto Kitchen)」はひたむきに汗を流して働く職人たちにおいしいものを食べて、より良い仕事を続けてもらいたいという想いの詰まった空間になっている。
茶産地としての掛川での暮らしをもっと知ってもらいたい
大工と製材屋がこういった場所を持つことはめずらしい。そもそもキッチンを始めるきっかけは、運営する井野さんと有名フランス人作家との街道歩きの旅がきっかけだったという。
それが、東京散歩などの著作で世界的に知られるFloren Chavouet(フロラン シャヴエ)さん。版画と江戸時代の街道文化に興味を持ったフロランさんともともと交流のあった井野さんが、東海道を歩きながら街道各地に残る角打ち文化を巡るという取材をしていたときにはじめて掛川を訪れた。
歌川広重の版画にも残る丸子宿の名店とろろ汁の丁子屋を過ぎて大井川を渡り、SLの走る金谷から江戸時代から残る石畳の坂道を中山峠に向かうと茶畑に囲まれた美しい風景が広がっていく。国内外のさまざまな地域で仕事をしてきた井野さんも、この旅がきっかけで日本にはまだまだ知らないすばらしい場所があると改めて感じたという。
「自分の父方の家系は伊勢出身、母方は静岡出身だったので日本橋から京都まで東海道を旅すれば自分のルーツも辿ることができるし、歩いてみよう。そんな気持ちで始めたのですがどんどん街道の深みにはまってしまいました」。
フロランさんとの旅は終えたものの、コロナ禍となり、それまで自由に国内外を飛び回って仕事をしていた状況が一変。そんな時に偶然にも旅の途中で知り合った掛川の地元関係者からの相談などもあり、しばらくこの地域に留まってしっかりと自分のルーツにも向き合ってみようと決めたという。
そして、仕事をしながらお茶にまつわる郷土史、文化、経済、工芸などあらゆる方面から関係する資料を集め、詳しい人たちから話を聞く中で行き着いたのが「この地域でしかできないものを、この地域の人たちと生み出す」という答えだった。
「静岡という地域は、東京から名古屋・大阪までの経由地という感じで、表面だけみているとなかなか魅力に気が付かない。東名高速を車で走っても、新幹線に乗っても、天気が良ければ富士山をちょっと見るくらい。ですが、自分で街道を歩いてみて、峠や山を越えたりするうちに、大きな川の流域ごとに人々の気質も変わることに気づきます。まったく異なる多様な文化や歴史が現れて、それが幾層にも重なって来たことで、複雑さを帯びてしまっていることがわかってきます。そしてもうひとつの原因は、昭和の高度成長期の開発によって、風景や暮らしがあまりに急激に変化してしまったことにあると思います。
私が2020年の東京オリンピックの準備委員となって調べ物をしていたとき、1964年の東京オリンピック時に開通した新幹線の工事がいかに困難の連続であったか、自動車の普及によって大気汚染や交通事故が深刻化し、東海道沿いに住む人々がどれほど被害に苦しんだか、というのを記録映像を見て現在の静岡との景観の違いに驚きました。
また、自分がそれを知らなかったことにも衝撃を受けました。今ではそんな昭和の高度成長の裏にあった苦労を考える間もないくらい短時間で便利に移動できる時代になってしまい、誰もその当時の事実には目を向けようとしません。しかし、東京や大阪を行き来しながら仕事をしている人は、もっと静岡の方々に感謝しないとだめなんじゃないか、と本気で思うようになりました(笑)」。
静岡で当たり前に暮らし、生まれ育った人たちは地域の歴史や文化にも関心を持ちづらいのかも知れないが、お茶でも材木でも身近なものに少し踏み込んで興味を持つことで、暮らしの中にある地域の魅力に気がついて欲しいと思ったそうだ。
「このあたりの茶農家は、お茶の季節になると家族総出でお茶摘みの作業に時間を取られてしまい、昼食はまともに食べる時間がなかったり、冷凍食品と揚げ物しかないようなお弁当が多いみたいなんです。そんな農家さんたちにも、少しでも元気の出る食事を届けられないか。そんなふうに考え、本格的な厨房設備で調理して畑に配送できるサービスをできたらと思っています」。
さまざまな地域の可能性に目を向けて事業として展開していくおもしろい場所。大工さんや地域の人に会いにぜひ訪れてみてほしい。
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