【chubby×eight】着るという価値を再発掘
まちの案内人にお気に入りのお店やスポットを紹介してもらう、「わたしの散歩みち」。今まで知らなかった楽しみ方やディープな情報を見つけて、このまちの「好き」を再発見する散歩へ出かけよう。研屋町周辺の案内人は「chubby×eight」の尾﨑朝子さん。今回は、尾﨑さんのお店をご紹介。
案内人:尾﨑朝子 さん
研屋町周辺の案内人は、古着屋『chubby×eight』の店主 尾﨑朝子さん。丁寧に集められた一着一着は触るだけで心地よい気持ちにさせてくれる。尾﨑さんならではの独特な嗅覚を駆使し、お気に入り店を紹介してくれた。
古着店・研屋町「chubby×eight」
あやしさこそが古着の魅力
昭和21年に建築された『第二金座ビル ボタニカ』。社員寮として活躍していた建物だったが昭和60年代終わりには忘れ去られ、廃墟同然となっていた。
そんなビルが改修され、研屋町のシンボルとなってリスタートしたのは2010年のことだった。個性ある店主たちが各部屋を間借りし、鉄筋コンクリート造の無機質な空間は息を吹き返した。
そんなビルの3階奥にあるのが古着店『chubby×eight』だ。古着店と言えば、なぜかどこにある店も入りにくい雰囲気を醸し出していることが多い。さらに独特の空気感を持つビル・ボタニカ内の奥にあるとなれば、少なからずともドアをノックするのに勇気がいるのではないだろうか。
しかし、訪れたものにしか分からない面白さに出会えるのも古着店の魅力である。『chubby×eight』も例外もれずに、なかなか出会えない発見が多々あった。
一着ずつエピソードが散りばめられている
店主の尾﨑朝子さんがここに店を構えて9年経つ。ヨーロッパやアメリカ、メキシコ、ペルーと多彩な国の古着が整然と並ぶ。
真新しい服とは違い、古着というのは仕入れがなんといっても肝だ。尾﨑さんは、直接仕入れることにこだわる。
安全で守られた海外のツアーではなく、自分の足で開拓して商品を探すのは、生半可な覚悟ではできないことだろう。ましてや日本人というのは海外ではなめられやすい。そんななか女性一人で何年も経験を積んでは仕入れを繰り返しているので驚きのエピソードが満載だ。
「今はコロナ禍で直接仕入れは行けていませんが、それまでは自分の足で各地を回っていました。古着が山程並ぶヨーロッパのマーケットを巡ったり、田舎の片隅に眠る一着を探したりと、奔走していました。日本人の小さな私が強気で交渉するので現地の人もびっくり、なんていうこともよくありました(笑)」。
尾﨑さんが服を選ぶときは、ゼロコンマ数秒の勝負だそうだ。直感で「これ可愛いな」と思ったものを選択する。そこに少しでも迷いがあると、切り捨てる。そこまでの潔い決断をするのは、何度もした失敗を糧にしているからだ。
「どの服にも思い入れがあります。聞いてくれれば一着一着のエピソードを語れます。けれど、大事なのは古着そのものの良さ。私の想いを重ねると重くなってしまうので(笑)、興味があればいくらでもお話しするので聞いてくださいね」。
銃が真横に置いてあるような店で命からがら交渉して仕入れたもの。教会の片隅に眠っていた「これは売れない」と言われたものをなんとかお願いしたところ「日本で一番感じた面白いエピソードを聞かせてくれたら売るわ」と言われて売ってくれたもの。ベットシーツから作られた100年前のワンピースをたまたま見つけて仕入れたもの。
尾﨑さんからさまざまなエピソードを聞くと、時代や人の手を経て奇跡的にここへたどり着いたんだと改めてハッとさせられる。
すべての古着を受け止め、丁寧に一枚一枚洗ってアイロンをかけ、必要であれば補正をしている。ここにある古着は着古された服なのではく、改めて手に取りたくなる価値が随所まで詰め込まれているのだ。
古着の新しい価値観を発掘
学生時代に古着を楽しんだ人が、大人になって改めて古着の良さにはまる人も多いそうだ。その理由は古い時代ならではの生地や品質のよさだ。
ファストファッションが主流である今、本当に良い生地を使った服や丁寧に刺繍などの手仕事が重ねられた服はいよいよ手に入りづらくなっている。
「今の子どもが大人になったころには、いい服というものがなくなっているかもしれません。安価のニーズに答えすぎていることで、すぐに消費されてしまっています。アパレル業界全体の首を締めていると思います。なんとか古着の存在意義も再定義しなおして、価値を発信したいなと思っています」。
真剣に古着に向き合ってきた尾﨑さんの言葉だからこそ、丁寧に作られた高価なものよりも手軽な衣類で済ませてしまいがちな現状への祈りのような嘆きが胸に突き刺さる。
尾﨑さんはアンティークのドレスを着たウェディングフォトや着物をリメイクした七五三の撮影などの新しい試みにもチャレンジしている。
憧れの自分に近づける魅力が古着のよさ
高校生が『chubby×eight』を待ち合わせ場所にすることもあるという。尾﨑さん自身も、古着屋に中学・高校生時代は通い詰めていたそうだ。
「古着屋というのは、普通のアパレルショップとは違って不思議な魅力があると思います。その一つが、店員さんが個性的であるということ(笑)。私は通っていたお店で、人生の教訓を教えてもらったり、たくさん相談にのってもらいました。うちの店もそんな場所になればいいなと思っています」。
友人のための真剣なプレゼント選びを手伝ったり、コアなファッション好きな子と何時間も話が盛り上がったり。ストーリーのある服が並んでいるからこそ、自然とお客さんとの心の距離も近くなるのかもしれない。
「古着の良さは、映画のワンシーンのような憧れの自分になれることです。高くて手に入らないものも、古着であると夢が叶いやすい。オシャレを楽しむキッカケになればうれしいですね」
撮影:森島 吉直/モデル:鈴木 茉吏奈/衣装提供:chubby×eight
フリーランスの編集・ライターとして雑誌や広告に携わる。次世代につなげたい伝統・文化や、大切に育まれた人柄・物事を、本質から伝えたいと日々精進中。
わたしの散歩みち まちの案内人が紹介するあのお店のこと、あの店主のこと。そして、このまちの「好き」を再発見する散歩へ出かけよう。