【仁志乃】五感で味わえるお団子
まちの案内人にお気に入りのお店やスポットを紹介してもらう、「わたしの散歩みち」。今まで知らなかった楽しみ方やディープな情報を見つけて、このまちの「好き」を再発見する散歩へ出かけよう。研屋町周辺の案内人は『chubby×eight』の尾﨑朝子さん。今回は、尾﨑さんのお気に入りスポットだという『仁志乃』を深掘りしてみた。
【案内人】尾﨑朝子 さん
研屋町周辺の案内人は、古着屋『chubby×eight』の店主・尾﨑朝子さん。ていねいに集められた一着一着は触るだけで心地よい気持ちにさせてくれる。尾﨑さんならではの独特な嗅覚を駆使し、お気に入り店を紹介してくれた。
何十年も変わらずある味
車町の商店街の一角にある、創業から71年続く老舗団子店『仁志乃』。車町という地名は、駿府城があった時代に牛車を牽いて荷物を運ぶ商いをしていた商人らが住んでいたことからそう名付けられたそうだ。
3代目店主である西野雄介さんは「『仁志乃』という店は、僕にとっては当たり前」、ごく普通のことであると話してくれた。
『仁志乃』のお団子は、その日に作ったものをその日に売り切り、作りおきはしない。店内に入ると、お団子の香ばしい香りやみたらしの甘じょっぱい匂いがふわりと鼻をくすぐる。注文をすればお団子を一本一本目の前で焼いてくれ、あつあつの出来たてをその場で食べつつ、お持ち帰り分を待つことができる。
一番人気はみたらし団子で、ふんわりとしたお団子は歯切れがよい。甘すぎずしょっぱすぎないとろりとしたタレに、「もう一本追加で」とつい注文してしまいたくなる。
『仁志乃』の朝は、6時ごろから始まる。朝からうるち米を炊き、餅つき機の返しはすべて手作業。「今日は寒いな」と感じたらモチが柔らかくなるよう少し長めにつき、「今日は暖かくなりそうだな」という日は少し固めに仕上がるよう調整する。市場には全自動の餅つき機が出回っているが、この微妙な加減ができないので使っていない。出来上がったモチは手で扱える量にちぎり、さらに親指と人差し指に挟んで一玉ずつちぎってはていねいに串を通す。開店までの3時間をかけて、2代目である父とともに仕上げている。
「気がつけば、見本より団子が大きくなってしまいました(笑)。すべて手作業なので作れる量は限られてしまいますが、週末は多くて400本ほど作ります」
おいしいの向こう側にある思いやり
元々は祖父が始めた店であり、『仁志乃』は西野さんの幼少期からすぐそばにあった。西野さんはまさか自分が継ぐとは思っていなかったそうだが、色々な経緯を経て継ぐことを決め、24歳からずっと団子を作り続けている。
西野さんにとって『仁志乃』は「当たり前」である日常だが、周囲の環境は大きく変わった。『仁志乃』のある車町は商店街であり、西野さんが小学生低学年だった35年程前まではとても賑わっていたそうだ。しかし時代の流れで、ぽつぽつと店は消えていき、人通りがなくなっていった。かつては人と人の交流は当たり前だったけれど、気がつけばインターネットが発達し、店へ行かずともモノを購入できる時代になった。
「目の前で焼いてくれて、店主と話しながらその場で食べられる」という店は、とても貴重な存在である。だからこそ、西野さんが「これが当たり前」と話してくれることに深い安堵感を覚えてしまう。
『仁志乃』のお団子は、焼き立てのあつあつはもちろんおいしいが、実は冷めてもおいしい。その秘密は、やはり手作業でていねいにつくモチにある。味は個人の好みがあるからこそ、西野さんはモチの食感にこだわる。余計なものを一切いれていないので日持ちはしないが、時間がたっても固くなりすぎないよう毎日の温度や状況に合わせて調整している。
「持ち帰る人が多いので、家に帰っても今日中ならばおいしく食べてもらえるようにしています。実は、僕は冷めたほうが好みだったりします(笑)。“冷めてもおいしい”を楽しんでくれたらうれしいですね」
「当たり前」を続ける難しさと有難さ
当たり前を続けるというのは、とても難しいことである。「友達に、“ここおいしいよ”と紹介されてきました」という人もいれば、「小学生のときに来たことがあって、大人になってから来たけど全然変わらないね! と声をかけてくれる人もいるそうだ。変化の大きい昨今だからこそ、変わらぬ懐かしさや常にそこにある安心感は計り知れない。
「僕が生きている限りは続けたい」と話す西野さんが一番大事にしているのは「がんばりすぎない」という心だそう。冬場は冷たい水を扱うので手が荒れたり体調不良になりがちなので、常に健康に気をつけ、体を労ることを大切にしている。
「当たり前であること、いつもの日常を送れることが、幸せなんだと思います。だから、モノもそんなにほしくないし、お金がもしあってもどう使えばいいのか分からないから、必要な分だけあればいい。欲というのは不思議ですよね」。
毎日目の前のことに向き合っている西野さんの言葉だからこそ、「当たり前」への説得力を感じる。なくなってはじめて幸せだったと気がつくことも多い、“当たり前”。『仁志乃』の存在そのものが、目の前にあることをていねいに扱うというのはとても大切だと教えてくれている気がした。
案内人からのおすすめポイント
目の前でお団子を焼いている姿や香ばしい匂いが大好きです! 私もよく買いに行くのですが、おすすめは七味醤油。焼いている間に気さくに話してくれます。職人さんの姿を感じてもらえるとうれしいですね。
撮影:森島 吉直/モデル:鈴木 茉吏奈/衣装提供:chubby×eight
フリーランスの編集・ライターとして雑誌や広告に携わる。次世代につなげたい伝統・文化や、大切に育まれた人柄・物事を、本質から伝えたいと日々精進中。
わたしの散歩みち まちの案内人が紹介するあのお店のこと、あの店主のこと。そして、このまちの「好き」を再発見する散歩へ出かけよう。