ひと味違う、和の料理/食堂ヒフミ
まちの案内人にお気に入りのお店やスポットを紹介してもらう、「わたしの散歩みち」。今まで知らなかった楽しみ方やディープな情報を見つけて、このまちの「好き」を再発見する散歩へ出かけよう。青葉通り周辺の案内人は『Toxic Works』の間宮貴志さん。今回は、間宮さんの好きなものが盛りだくさんの『食堂ヒフミ』をご紹介。
【案内人】間宮貴志 さん
青葉通り周辺の案内人は、細かなパーツまでていねいにオリジナルで自転車を作り上げる自転車店『Toxic Works』の店主 間宮貴志さん。自転車で街を巡るからこそ発見した、とっておきのおいしい店を今回はご紹介。
居酒屋・常盤町「食堂ヒフミ」
料理ができるまでを間近に感じて
「ここ、本当においしいんだよ」。そう教えられて、一人で訪れてみたのは青葉通り沿いにある『食堂 ヒフミ』。レンガ造りの建物の中央に、2階にあるお店へ続く階段がある。人の気配が少し途絶えるドキドキ感を味わいながら、営業開始時間の17時ぴったりに一番乗りした。
扉からのぞくと、目があったのは店主の藤沼剛さん。「いらっしゃいませ」。オープンキッチンの前にはカウンター席がずらり。右奥には4人がけのテーブル席が2つあった。「スリッパをどうぞ」と用意され、鈍く光る板張りの床へ靴を脱いで上がる。少しほっとした気分になり、板場のすぐ前の席に座ってみた。
メニューを開くと、おすすめの日本酒から始まり、一品料理、天ぷら、焼き物、本日のおすすめと、目移りしてしまうものばかり。〆には手打ちの二八蕎麦もあった。「この日本酒1合と、ひふみの肉じゃがとポテサラ天をください」。今日は一人なのでまずは自分の好きなものから。先にきた日本酒をゆっくりいただきながら、黙々と調理をする藤沼さんの器用な手付きを眺める。カウンター席ならではのライブ感が心地よく、ついお酒がすすんでしまう。
少しの驚きを感じさせてくれる料理たち
「おまたせしました」と、手渡されたのは「ひふみの肉じゃが」。ゴロリとしたジャガイモ揚げの上に豚の角煮がのっていて、トッピングに白髪ネギとそばの実がパラパラとかけてあった。「あれ? 想像していた肉じゃがと違う!」と驚きながらも、一口食べたらピリッとした山椒が効いていて食べごたえが抜群。こっくりとした味付けに、ついつい箸がすすみ、お酒もまたすすむ。「思っていた肉じゃがと違ってびっくりしました! 新しい発見をした気分になっちゃいました」と、つい話しかけてしまった。藤沼さんはニコリとほほ笑み、質問に付き合ってくれた。
藤沼さんは埼玉県で懐石料理店、割烹料理店、蕎麦店といろいろな現場で渡り歩いてきたそうだ。縁あって静岡に来ることになり、念願だった自分の店を持ったのが8年前。藤沼さんが目指したのは「気軽に堅苦しくなく」過ごせるけれど「プロの料理を味わってもらう」こと。「割烹や蕎麦というのは、おいしいけれど高級でハードルが高いイメージがありますよね。それよりも心地よさのほうを感じてほしくて、食堂と名付けました」。
食堂という気安い雰囲気ながらも、出てくる料理は細部までていねいに構成された味付けや盛り付け、火入れと、隙がない。天つゆにドボンと浸して食べる二品目の「ポテサラ天」は、クリーミーなポテサラのなかにいぶりがっこやベーコンが入っていて、燻された豊かな香りが鼻から抜けた。
違和感のない「おいしさ」の秘密
藤沼さんが和食にこだわる理由は「日本人が毎日食べるもので、食べていて体に合うもの」だからだそう。「洋食というのは作りながら味を作っていきます。和食は、決まったもので味を作るんです。例えばすき焼きのつゆのことを“割り下”と呼びますよね。割というのは、割合が決まっているということ。和食には、割があるんです。出汁、醤油、みりんなど、基本の割合をしっかり決めて作っていきます。基本がとても大事なジャンルだけれど、基本さえあれば誰でも簡単に作れるのが和食。誰でもできるからこそ、プロであることを大切にしています」。
藤沼さんが作る数々の料理は、普段食べ慣れたはずなのに食べるごとに驚きがある。目からうれしく、口の中は華やかに香りが広がる。「お店にわざわざ行ってでも食べたい」というよろこびを、改めて感じた。
三品目は藤沼さんおすすめの「ガルシアチーズの西京焼き」。2週間ほど西京味噌に漬け込んだチーズを香ばしく炙った一品で、ほのかな甘味と塩気が混じり合う複雑味のある味わい。そしてそのほかにも「海老しんじょうマヨネーズ和え」や「ゆばとろろ包み揚」など数品注文した。次にここへ来たときは、〆に二八蕎麦をいただいてみよう。
幼少期の土台が今につながる
まだほのかに明るい時間だったので、ふと窓の外を眺めたら青葉通り新緑が心地よく揺れていた。『食堂ヒフミ』にいると、静岡市の街なかにいるのをつい忘れてしまいそうになる。
「料理人を目指したのは、父が料理好きでよく休日に作っている背中を見ていたからかもしれません。あと、おじいちゃんが農家をしていて。小・中学生のころは、田植えを手伝う名目でどろんこになって遊んでいましたね」と、藤沼さんは懐かしそうに幼少期の思い出を笑いながら教えてくれた。都会で十何年働いていたからこそ、自然豊かな静岡の魅力を大切に感じていて、今でも休日には山登りをしたり、自転車をこいだりしているそうだ。
「静岡は海のモノ、山のモノと食材が充実していますし、住んでいる人たちもみんな穏やかな人がばかり。少し足を伸ばせば、自然のなかでゆったり過ごせる。本当にいいところですね」
案内人からのおすすめポイント
とにかくおいしい! 店主の藤沼さんもイケメンで、料理もおいしいと、最高です。僕の好きなのはいぶりがっこ入りのポテサラ天。ほのかにチーズっぽい風味がする不思議な味わいです。あと、〆の蕎麦は欠かせませんね。食欲だけではなく、心も満足するお店です。
撮影:森島 吉直/モデル:鈴木 茉吏奈
フリーランスの編集・ライターとして雑誌や広告に携わる。次世代につなげたい伝統・文化や、大切に育まれた人柄・物事を、本質から伝えたいと日々精進中。
わたしの散歩みち まちの案内人が紹介するあのお店のこと、あの店主のこと。そして、このまちの「好き」を再発見する散歩へ出かけよう。