WOMO

中部電力
街外れの「隠れ家」で、ワインを楽しむひとときを/Buco(ブーコ)

街外れの「隠れ家」で、ワインを楽しむひとときを/Buco(ブーコ)

まちの案内人にお気に入りのお店やスポットを紹介してもらう、「わたしの散歩みち」。今まで知らなかった楽しみ方やディープな情報を見つけて、このまちの「好き」を再発見する散歩へ出かけよう。青葉通り周辺の案内人は『Toxic Works』の間宮貴志さん。今回は、間宮さんがおつまみとワインを楽しみに訪れる『Buco』をご紹介。

image-42198-0

青葉通り周辺の案内人は、細かなパーツまでていねいにオリジナルで自転車を作り上げる自転車店『Toxic Works』の店主 間宮貴志さん。自転車で街を巡るからこそ発見した、とっておきのおいしい店を今回はご紹介。

ワインダイニングバー・七間町「Buco(ブーコ)」

この場所だからこその「隠れ家」

青葉通りから北へ一本入った通りにある七間町のビル。外から2階を見上げると窓ガラスには『Buco』の文字が。
ぼんやりと漏れる店内の明かりに誘われ、真っ直ぐ階段をのぼっていく。

image-42198-1

ここは、2022年6月で13周年を迎えるワインを中心としたダイニングバー『Buco』。穏やかな表情で出迎えてくれたのは、店主の稲垣さん。初めてのワインバーにどことなく緊張していると、「こちらへどうぞ」とカウンターへ案内してくれた。

image-42198-2

店名の『Buco(ブーコ)』はイタリア語で「穴ぐら」や「隠れ家」という意味。どんな店名にしようか悩んでいた時、ちょうど完成していた土壁の洞窟のような内装から着想を得て、稲垣さんが名付けたのだという。
店名の通り、「隠れ家」のような安心感のある雰囲気がとても心地よい。

image-42198-3

お店がある場所は、人通りの少ない静かな通り。開店当時は「なぜ大通りでやらないの?」とよく尋ねられたそうだが、稲垣さんはずっとこの場所のような街外れの風景を思い浮かべていたという。「この場所に可能性を感じていました。ひっそり隠れている感じが面白いと。僕にとってのダイニングバーのイメージが、そんな感じだったんです」

開店から1、2年間はなかなかお店の場所を知ってもらえず苦労したというが、今では性別や年齢に関係なく、ワインを楽しみたい多くの人が訪れるようになった。

image-42198-4
image-42198-5

稲垣さんなりのワインセレクト

オープン当時からの常連も通う『Buco』では、常時40種類ほどのワインをそろえており、定番の銘柄もあれば季節によって入れ替わるものなどさまざま。さらに、訪れるお客さんの声や好みを聞きながら、仕入れる銘柄を変えたりもするそうだ。

「しっかりした味わい、スッキリした味わい、赤や白などの好み…その時々でお客さんからヒントをもらいながらセレクトしています。もちろん僕の感覚で選んだりもしますが、よりお客さんにワインを楽しんでもらいたくて、なるべく生の声を聞くようにしているんです」

image-42198-6

ワインのことを、とても楽しそうに話す稲垣さん。詳しいだけでなく、ワインに対する熱量が伝わってくる

『Buco』のスタイルができるまで

もともとワインが好きで、このお店を始めたんですか?と尋ねると、「実は僕、お酒をまったく飲まない人間だったんですよ」と稲垣さん。とても意外な答えだった。

稲垣さんは、『Buco』を始めるまでにさまざまな経験を積んだという。
「パン屋や結婚式場のウエイターとして働いていたこともあるし、戦いの世界に憧れてボクシングをやっていた経験も。なんとも落ち着かない男でした(笑)」

image-42198-7

心が動かされるところへ、躊躇しないで向かっていく。稲垣さんのこの性格が、次の出会いを生むことになる。

「僕が24歳の時に、静岡市でパスタ&ワインのスタイルでダイニングバーを経営していたマスターに、一緒にお店をやらないかと声をかけてもらったんです。それがきっかけで、当時の自分なりに大切にしていた、“人の心を動かすこと・人のためになる何かをやること”の次のステージに、飲食業を選びました」

そのマスターのもとで修行したことが、『Buco』のスタイルの基盤となったのだという。ジャンルにワインを選んだのも、その理由だ。

『Buco』を通過点に、どっぷりワインの世界へ

かつてお酒をまったく飲まなかったという稲垣さんにとって、ワインは当然ながら知らないことの方が多かった。莫大な種類、産地やぶどうの品種もさまざまで、ゼロから学び始めるには目が眩むような情報量だ。最初のうちは、ワインに詳しいお客さんから教えてもらう知識もあったという。

image-42198-8

稲垣さんは1つひとつのワインを味見しながら、“自分の言葉”でお客さんへおすすめができるように勉強を重ねた。広く、そして深く。ひとつの産地、ひとつの品種に対しても、とことん掘り下げた。

そうして『Buco』は、ワインに詳しい人にも楽しんでもらえるお店へと成長したのだった。最近では、稲垣さんのこだわりや、珍しいワインの品揃えに惚れ、「ワインはここでしか飲まない」というお客さんもいるほど。

しかし、稲垣さんはこう言った。
「うちはマニアックなワインバーというよりは、ワインビギナー向けのお店だと思いますよ」

稲垣さんが私たちにしてくれるワインの説明は、とても細やかで、誰にとってもわかりやすい。

image-42198-9

「よく僕の説明がとても詳しいと言ってくださるお客さんがいるけれども、実はそのワインを初めて飲んでみた時の直感を、“僕はこんなふうに感じました”と伝えているだけなんです」

ワインの知識は、必ずしも知らないといけないものでもないし、教える必要もない。
“僕はこんなふうに感じました”というスタンスでいてくれるからこそ、稲垣さんとのコミュニケーションは、ワインビギナーにも心地よい。

image-42198-10

「うちのお店を通過点にして、さらなるワインの面白さに出会って欲しいんです。細かい知識は必要ないと、僕は思います。その時の気分や、飲みたい味を伝えてもらえれば僕なりに提案もできますよ」

日本特有のワインとの関係性

ワインは本来、特別で高貴なものではなくとても身近なものである。というのも、イタリアやフランスなどの名産地では、当たり前のように「そこで採れるぶどうを使ったワイン」が食卓に並ぶからだ。
ただし、日本は海外からの輸入により、多くの種類のワインが手に入る環境にあるため、「ワインを飲みたい」と思った時には“選ぶ”という行為が必ずと言っていいほどつきまとう。
ワインを“知る”ことで、より自分が飲みたいものを手に入れることができるのだが、それが当たり前になると「知識の壁」ができあがり、ワインを楽しむことに対するハードルが上がってしまう。

稲垣さんは、日本特有のワインとの関係性について、こう話してくれた。
「僕は、『ワインを“選ぶ”ことや“知る”ことは大変だけど、それを楽しんでみよう!』と思ってくれる人が増えるといいなと思っているんです。だってそれは、ワイン輸入国の日本に住んでいるからこそ、できることでもあるから」

ワインと合わせる、こだわりの“おつまみ”

image-42198-11

『Buco』で味わえる料理は、季節の野菜を使った温サラダやマリネなどのあっさりしたものから、ワインがすすむおつまみやパスタなどさまざま。オリジナルメニューのキッシュは、修行したお店のマスターから受け継いだメニュー。稲垣さん自身も思い入れのある一品だ。

image-42198-12

パンは『Buco』自家製。粉の質感にこだわり、その日の湿度によって細かく水の量を変えたりしている。お店を始めてから今まで、パン作りは一度も休まず試行錯誤を繰り返し、味に自信があるという。かつてパン屋で働いていた稲垣さんの経験が生きている一品だ。

image-42198-13

湿度計を見ながらの細かい水分調整。1つひとつ、愛情込めて焼き上げる

image-42198-14

稲垣さんはパン作りについて、「素材はシンプルだけど奥が深いこと、作る人のこだわりとかける時間が“味”そのものを形作ること、がワインの世界と似ているのではないかと思っています」と話してくれた。

image-42198-15

このパンを使った「はちみつがけマスカルポーネバゲット」は、『Buco』不動の人気メニューだ。まろやかな口当たりのマスカルポーネの酸味、はちみつのやさしい甘味がバランスよく口の中に広がり、思わず笑顔がこぼれてしまう。作りたての自家製パンならではの小麦の芳醇な香りに、感動する人も多いのだとか。

image-42198-16

「ブルーチーズとはちみつのバゲット」、「ガーリックバターのバゲット」など、自家製パンを使ったメニューはほかにもある

image-42198-17

選んだワインの産地に合わせて、その国で食べられている料理をいただくのも粋な楽しみ方だ。

今回頼んだワインは、イタリアのエミリア=ロマーニャ州産。ぶどうのフルーティさがワイングラスを伝ってふわりと香る。
ワインの産地と合わせ、エミリア=ロマーニャ州で食べられている「ナスのラザニア」も頂いた。テーブルに運ばれると、チーズの香ばしい匂いが。トマトソースの甘酸っぱさと、とろけるナスの食感が混ざり合ったまろやかな旨味が口の中に広がる。

image-42198-18

「鴨肉の生ハム」は稲垣さんの自家製。鴨の上質な脂としっかりとした味わい、熟成された肉のほどよい塩気によって、ひと口、またひと口とワインが進んでしまう。

image-42198-19

「鴨肉の生ハム」は珍しく、隠れファンが多い

ワインから始まる何気ない会話を楽しみながら、本格派の料理を味わえる。ふらっと立ち寄った何気ない日が、記憶に残るワンシーンになるだろう。

変化を恐れず、成長のきっかけに

稲垣さんから、「ここ数年ではこんな作り方をしています」「ここ最近ではこんなメニューに変えてみています」といった、“変化”についての話をよく耳にした。長くお店をやっていく中で、稲垣さんはその時々に合うように、柔軟に価値観や考え方を変えてきたことがわかる。

自分のスタイルを貫き通すことも大切だが、さまざまな経験から学び、変化していくこともお店を“続けていく”にはとても大切なことだ。それができる稲垣さんだからこそ、幅広い人から愛され、幅広い暮らしのシーンで訪れたくなる空間をつくることができるのだろう。

image-42198-20

「僕自身、多くのお客さんとのふれあいを通して、お店と一緒に成長できていると感じています。いろんな人の生き方や、考え方のヒントをいただくことができて、とてもおもしろいんです。これからも進化し続けたいですね」

さまざまな時代の変化を受け入れながら、『Buco』はいつも私たちにとって心地よい居場所でいてくれる。飾らない空気感の中で、おいしいワインとおつまみ、そして自分だけの時間を楽しむ。それは決して特別な日だけでなくても良いのだと感じた。
仕事帰りに一人。気の置けない仲間たちと…。またふらっと立ち寄ってみよう。

image-42198-21

ゆっくりと時間をかけて、ワインと料理をいただく。マスターとのワイントークも楽しい

image-42198-22

奥のスペースは4人席。洞窟のようなアーチの天井がかわいらしく、差し込む日差しによってその表情を変える

image-42198-23

案内人からのおすすめポイント

ワインにすごく詳しい。変態レベルですね。ワインはライトなものだとあまり満足しないイメージがありましたが、あっさりライトなものを飲んでもすごくおいしかったのが衝撃でした。セレクトがとてもいいですね。おつまみもすごくおいしくて、ワインと食を楽しめます。

撮影:森島 吉直/モデル:鈴木 茉吏奈

ライター
WOMO編集部 坂本

その人らしさやそこにある想い、空気感、手触りを大切に書いています。まちを歩いて、自分だけの“好き”を見つけることの楽しさを、文章を通して伝えられたら嬉しいです。

更新日:2022/9/7
コラムシリーズイメージ

わたしの散歩みち まちの案内人が紹介するあのお店のこと、あの店主のこと。そして、このまちの「好き」を再発見する散歩へ出かけよう。

よみものシリーズ