日常のワンダーはいつだって「取るに足らない」の中に/つまみ食い読書探訪 第2弾「カレーと喫茶 あまりろ」店主 小亀さん
読書好きはもちろん、普段は本を読まなくても、なんとなくそこにあると気になってしまう「本棚」という存在。選ばれた本たちは何も語らないけれど、一つひとつに物語があるはず。静岡のまちでおいしい時間を届けてくれる素敵な人たちは、一体どんな本を読んでいるんだろう。“憧れのあの人”の暮らしに寄り添う本たちを紹介する企画「つまみ食い読書探訪」。第2弾は、「カレーと喫茶 あまりろ」の店主 小亀さんにお話を伺った。
「生きているだけでいいんだよ」そっと寄り添う1冊との出会い
お話をお伺いしたのは、まちのカレー屋さん「カレーと喫茶 あまりろ」の店主 小亀さん。看板犬見習いのキウイちゃんと共に、お気に入りの1冊や、お店ができるまでのお話、暮らしの中で大切にしたいことについてお伺いした。
愛犬「キウイ」ちゃんとの出会いと宝物の1冊
小亀さんがまず紹介してくれた本は、「神のちからっ子新聞①」(さくらももこ/集英社)。
「この企画のお話をいただいた時、『さて何の本を選ぼう』と思っていたら、ぱっと思い浮かんだんです。最近はキウイが家にやってきて、すっかり読書どころではなくなってしまったのですが、それでも一番先に思いついた本です」
—--------思い入れが深いんですね。かなり大切にされていらっしゃるようで。
「もうボロボロになっちゃっているんですけど、もともと子どものころに古本屋さんで偶然見かけた本なんです。『表紙が可愛いな』最初は本当に、それくらいの気持ちで手に取りました」
—-------それが今でもずっと大切な1冊になったということなんですね。
「そうですね。なにかすごく立派なことを書いているわけではないんです。ただ、日々の暮らしの中で見落としてしまったり、周りから見たら取るに足らないようなことを真剣に、しかも面白おかしく書いていて。私はそういった部分に魅力を感じるんです」
—--------日々の暮らしで小亀さんも物事のとらえ方を工夫されたりするんですか?
「いえいえ、私は全然。そんなに器用なタイプでもないですし。でも、すごく救われるというか。
私、ハトが好きなんです。あとはすずめとか、カラスとか。そこら辺にいる普通の鳥です。私たち人間からしてみたら彼らはずっと同じような動きをしているじゃないですか。何の目的でそんなに一生懸命動いているんだろうって。でもそこには、彼らにしかわからない、何かに対する彼らなりの真摯さがある気がするんです。
一見、しょうもないことに思えるものを、まっすぐ取り組む。そのギャップに惹かれます。キウイちゃんもその点に関しては同じですね。可愛くて仕方がないです(笑)」
念願だったという小亀さんの新しい家族、パグの「キウイ」ちゃん。もうすぐ1歳になるそう。看板犬見習いとして日々奮闘中
器用じゃない自分を受け入れること、普通のカレーを作り続けること
—--------「神のちからっ子新聞①」は、背伸びをしないことを肯定してくれるようなテーマ性のある本ですよね。
「そうですね。そういったところも支えられているのかもしれませんね。『カレーと喫茶 あまりろ』を立ち上げる前はアルバイトをずっと続けていたんですけれど、どれも続かなくて失敗ばかりだったんです。器用な方ではないという事実を受け入れるのは苦しかったですね」
—--------その中でどうしてカレーは続いたのでしょうか?
「当時アルバイトをしていた、たいやき屋さんの大将に『カレーは皆好きだからやればいいじゃん!』と言われたのがきっかけで。本当に偶然というか、どうしてもカレーがいいんだ!という気持ちで始めたことではなかったんです。でも、いつか自分のお店を持ちたいという漠然とした夢はあって。だったらやってみようかな、で始まりました。
誰かにごはんを作って食べてもらうということがとても好きだったんです。一方で料理人みたいに目の前で何かを切ったり焼いたりということは難しいと思っていたので、仕込みをして研究をして作るカレーは、ぴったりだったんだと思っています」
—--------そうなんですね。メニューを考える中で思い出に残っていることはありますか?
「そうですね、当時は3か月くらいのうちにお店を立ち上げないとという状況だったんです。以前はヴィーガンやベジタリアン料理に興味があったので、試作をしたのですが、これが大ブーイングで(笑)」
—---------たいやき屋さんの大将からですか?
「そうです(笑)。『肉が入ってないとダメだよー!』と言われてしまいまして。どうやら大将は普通のカレーを求めていたんですね。そこから、普通のカレーって意外とお店では食べられないんだということに気付いたんです。
それで、市販のカレールーに頼らずに、『お家のカレー』の様な安心できて心からおいしいと思えるカレーを作ろうと決心したんです。それはとても面白いことでしたね、朝昼晩カレーの日々が続きましたが(笑)」
試行錯誤の日々の末見つけた「お家のカレー」
—--------小亀さんも小亀さんの作るカレーも、“等身大”という言葉が共通している気がします。
「そうですか?そう思っていただけるなら嬉しいですが、実は全然そんなことはないんです。私はいつも自分に対して変に厳しくなってしまったり、常に何かをしなくてはと無意識のうちに追い込んでしまう癖があって。確かに等身大でいたいとは強く思っているかもしれませんね。この本もそうですし、まちで出会う素敵だなと思う人も、飾らない人が多いです」
どんな自分も受け入れて。いつだって味方でいてくれる言葉たち
—---------これからも「カレーと喫茶 あまりろ」を続けていくために、何か考えていることはありますか?
「お店を続けていくっていうことだけじゃなくて、自分も年齢を重ねてきたからか、やっぱりどんどん考え方が、固くなっているなぁと思う瞬間が多いんです。だから、小さな頃に出会った本のことをずっと好きだと言える人でありたいなと思っています。幼心を忘れない。
つい周りと比べてしまったり、ひとりきりでお店に立つ時は特に『このままでいいのか』なんて不安になってしまうこともあるんです。他の人の暮らしはよく見えてしまいますしね。そんな時にこの本は『生きてるだけで立派なことだよ、強がらなくていいよ』と教えてくれるというか。今も昔も、どんな時も自分の味方でいてくれる存在です」
ハレの日もケの日も、かけがえのない暮らしをまっすぐに見つめる小亀さん。
飾らない「お家のカレー」を追求した味はいつもの自分に戻る時間をくれることだろう。
忙しない日々で見落としてしまいそうな自分らしさ。「いろんな事があるけれど、生きている今が一番素敵」、そう思える1冊を片手に心を緩めてみては。