タイ料理の名店『サバーイ・ディール』。歳月が証明するもの
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タイ料理は“おもしろい”
静岡のタイ料理店『サバーイ・ディール』は、1992年に創業して以来30年あまり、移ろう街並みから切り取られたようにずっとそこに存在する名店だ。
30年前といえば、今ほど世間でタイ料理の認知度が高くなかった頃だ。タイならではのスパイスや香草に馴染みは薄く、受け入れられる下地は整っていなかった。
なぜタイ料理だったんですか? とたずねると、「大学の時にね」と、店主の山口さんは口を開いた。
「もともと、当時通っていた大学にタイから亡命してきた教授がいたんです。それで東南アジアに興味を持ったんですね」
当時、民主化への過渡期であったタイを含む東南アジアの大部分は山口さんの関心を引いた。ゼミをつくり、ゼミ長となって青春を捧げ、卒業旅行の東南アジアを渡る旅でタイ料理と出会った。
「いろいろな国を回りました。マレーシア、フィリピン、シンガポール……、その中でいちばん面白いと思ったのがタイ料理だったんです」
そもそも食文化は土地に根付くものだ。その地でよく採れる野菜や肉・魚がふさわしい調理法で加工されテーブルに並ぶ。山口さんはおそらく“食”だけではなく、それらの土壌となった環境や文化すべてをひっくるめて“おもしろい”と思ったのだろう。
所持金80万円、1年間のタイ料理修行へ
卒業旅行から帰国し、大阪の貿易会社へ就職。だが入社から1年、ふと思い立つことになる。
「タイへ料理の勉強をしに行こうと思い立ったんです。それは大変でしたよ、友人には無謀だと言われたし、親戚の説得には恩師を引っ張りださなければならなかった。ご近所にタイに料理の修行に行くなんて、とてもじゃないけれど言えない世相でした」
1984年、「貿易関連の仕事で」と取り繕い、山口さんは単身タイに渡る。
「修行先はバンコクで唯一宮廷料理を出すレストランでね、欧米のメディアはよく取材にきていたけれど、日本のメディアは音沙汰もなかった。それでもタイでは、”珍しい外国人の料理修行”として取材を受けることもありましたね」
所持金は日本で貯めた80万円。修行中の身では給料も望めない。貯金を切り崩しながらの生活だ。
「屋台の人や、現地大学の学生に日本語を教えては食事をごちそうしてもらう、そんな生活でした」
英語が通じず、修行先でレシピをもらってもタイ文字を理解できない。それでも、英語を解する人に翻訳を依頼して習得した。そして帰国。“帰ってきたら実家を継ぐ”という約束どおり、5年あまりは実家の蕎麦屋を手伝いつつ、毎週土曜、予約のみで本場で修行した腕を振るうことになる。
「当時、タイ料理店は東京と福岡に2店ある程度でした。静岡で食べるのなら、ウチくらい。物珍しさに注文して、届いた料理に口をつけずに帰る方もいましたね」
それでも、山口さんのようにタイに魅了される人はいた。リピーターは増え、1992年、現在の場所に店を構える。
“最初にやるっていうのは、そういうこと”
“食文化は土地に根付くものだ”と前述したとおり、現地で学んだメニューを作ろうとすれば、現地で使われる食材が必要不可欠だった。ここから試行錯誤が始まる。調味料は個人輸入すればよいが、野菜は違う。例えば、タイ料理に欠かせない空芯菜は当時の市場には出回っていなかった。「最初にやるっていうのは、そういうことなんですよ」、山口さんは穏やかに笑う。「いろいろな失敗をしたし、ままならないこともありました」。
「先週輸入できたものが、今週はダメ、そういう時代でした。空芯菜はほうれん草、タロイモは京いも(=たけのこ芋)で代用したりもしました」
それでも、現地の味を諦められなかった山口さんは、現在は1000坪の畑で店の食材をまかなっている。「凝り性なんですよね」と軽く言うが、それだけとは到底思えない。
縁あってタイ・バンコクから呼び寄せた2人目のシェフ、スラブット・ナムフォンさんは来日28年になる。コロナ禍の前は、日ごと変化するタイ料理をアップデートするため渡泰しては試作し、ディスカッションの中でボツになったメニューも多いのだとか。
「料理は変化するんです。例えば、私が修行に行っていた当時のタイは、肉体労働に従事する人が多く、力をつけるためなのか濃い目の味付けが多かった。でも成長著しい今は薄味でフレッシュなものが好まれる。それでも農村に足を伸ばせば、懐かしいあの頃の味が食べられているんです。今となれば地域差というのでしょうか」
最後に山口さんに質問してみた。「理想は今のタイ料理でしょうか? それとも、修行した当時、38年前の伝統的なタイ料理でしょうか?」。
「現地の店でもおいしい店・まずい店はあるでしょう。私は、タイ・バンコクで出店しても繁盛店になる、そういうつもりで出しています」
核心は“伝統”でも“トレンド”でもなく、ただ“おいしいと思える料理”というところにある。その成功はこの店が重ねた歳月が証明している。
『サバーイ・ディール』店舗情報
住所:静岡市葵区紺屋町6-13 松永ビル2F
電話:054-253-5778
営業時間:ランチ11:30~14:00(L.O.13:30)、ディナー17:00~22:30(L.O.21:30)、日曜、祝日~22:00(L.O.21:00)
休業日:木曜
クレジットカード:VISA/MASTER/JCB/アメックス/DC/Diners Club/UC/UFJ/ニコス/セゾン
駐車場:なし