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 変わりゆくものも、余白も、軽やかに/つまみ食い読書探訪 第3弾「Cave LITRON」店主 さゆりさん

変わりゆくものも、余白も、軽やかに/つまみ食い読書探訪 第3弾「Cave LITRON」店主 さゆりさん

読書好きはもちろん、普段は本を読まなくても、なんとなくそこにあると気になってしまう「本棚」という存在。選ばれた本たちは何も語らないけれど、一つひとつに物語があるはず。静岡のまちでおいしい時間を届けてくれる素敵な人たちは、一体どんな本を読んでいるんだろう。“憧れのあの人”の暮らしに寄り添う本たちを紹介する企画「つまみ食い読書探訪」。第3弾は、「Cave LITRON(カーヴリトロン)」の店主さゆりさんにお話を伺った。

詩はいつでも遠くの世界に連れて行ってくれるもの

お話をお伺いしたのは、コーヒーも飲めるワイン屋「Cave LITRON」のさゆりさん。お店ができる前からの ご縁で出会った1冊、詩とワインの共通点から世の中との本質的な関わり方をお伺いした。

「鬼は逃げる」(ウチダゴウ/三輪舎)



「私が選んだのは、ウチダゴウさんという方の詩集です。お店としても、個人的にも長くお世話になっている方で。デザイナー兼詩人という、型にはまらぬユニークなお仕事をされている方で、うちのお店のロゴは彼が作ってくださったんですよ」

—--------多彩な方なのですね。出会いはどちらで?


「お店を始める前からの知人なんです。私の実家がある長野県の安曇野市というところに偶然彼が移住をして。それ以前、彼は松本で貸本屋を営んでいました。私がその貸本屋に時折通っていたのが出会いですね。今もこうして交流があるというのは素敵なことです」


—-------詩集はよく読まれるのですか?


「すごく多い、というわけではありませんが、好きです。詳しいわけではないですけれど、少ない言葉の中に本質が詰まっている。そこに響くものがあったり、詩集を開けば一瞬で詩の世界に連れて行ってくれる。どこまでも自由で、うんと遠くにも行けて、正解や意味すら必要としない所がとても好きです」

人生は発表会。肩の力を抜いて、新しい世界と出会い続けること

—--------特に好きな詩はありますか?


「『発表会』という詩です。個人で店を開くにあたって、自分として奮い立つ詩でした。上手く言葉にするのは難しいですが、この詩ではステージの上にちいさな椅子があって、発表会の舞台に立つ情景が描かれているんです」


—--------なるほど。読み手は観客として書かれているのですか、それとも演者ですか?


「演者です。たとえ舞台俳優でなくとも、誰しもが日々、瞬間瞬間を演じていて、舞台に立っている。生きている今は発表の場である、人生は壮大な舞台の一幕であると。
そのように長い人生を一歩引いて俯瞰的な視点で受け止められると、どこか肩の力が抜けると同時に「今の連続に力を出し切ろう」と逆に内から力が湧いてくるから不思議です。自分に立ち戻らせてくれる、とても大切にしている作品です。

「詩とワインにはさまざまな共通点があると思っているんです。どちらも自由な精神から生まれ、つくっている側も、受け取る側も、余白や揺らぎを認める。ワインに関していえば、うちで扱っているいわゆる『自然派ワイン』と呼ばれるワインは、一つとして同じ味のものがないんです」



—--------個体差がある、ということですか?



「そうですね、個性や個体差があります。効率的に大量生産されたプロダクトとは異なって、同じラベルだったとしてもまったく同じ味、というものはないんです。こうしたワインは瓶の中でも生きているので、時と共に変化しますし、栓を開けてからも刻々と変化してゆく飲みものです。だからこそ心が揺さぶられる。どうしようもなく溢れ出る個性や、変わることを受けとめる。私たち自身も、日々揺らいで、絶えず変化している存在ですしね」



—--------変わりゆくものを楽しむということですね。



「そうですね。他の誰でもないその人が感じたことが大切な真実で、正解はないですし。受け取り方も楽しみ方も自由。そこには心が震える何かが詰まっている。そういった部分が詩とワインの共通するところかなって思っています」

まちの酒場として、日常のそばにワインを

「うちではコーヒーもお出ししていたり、ワインももちろんですが、彼らは会話の傍らにあると、名脇役でいてくれます。必ずしも主役である必要はなくって。酒場は自由ですから、ワインのハードルの高さを取り払うというのが、われわれ酒場の使命かなって思っていますね」


—--------カジュアルにワインを楽しむ人たちを多く見る気がしています。


「そうですね、うちは意識的にそうしているのもあります。例えば、ビールを飲むときって『私、ビールのこと全然わからなくて...』なんていう人はいないですよね。ところがこれがワインとなると、急に皆さん委縮して弁解しはじめてしまうんです。それって本当は必要のないことで、もっと自由に楽な気持ちで楽しんでもらえたらうれしいですね。日常の一部となるような。造り手と飲み手が心地よく繋がる場所でありたいと思います」



柔らかな雰囲気の中にも凛とした意思のある言葉で、詩やワインについての思いを語ってくださったさゆりさん。

楽しい会話のそばにワインや詩がある風景は、映画のワンシーンのよう。日常がドラマチックになる瞬間をぜひ楽しんでみては。

「Cave LITRON」Instagram

更新日:2023/9/26

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